有機ゲルマニウムと副作用

2015年02月19日

健康登山

 

一般的に半導体で知られるゲルマニウム。

 

銀灰色で固い金属のように一見診られがちですが、非金属であり、そこからいくつもの行程を経て体内に取り入れることができるようになります。

ゲルマニウムの有機化合物と、飲む有機ゲルマニウムについての副作用についても一時的に以前話題になった経緯もあります。

 

 

ゲルマニウムの有機化合物

昭和25年の秋から浅井一彦博士をはじめとする研究グループによってゲルマニウムの有機合成の研究が開始されたと伝えられています。

 

同博士は工学がご専門で石炭の研究を長くおこなっている際に石炭に含まれる昔の蓄積された植物が海水に浸り、空気を吸えない状態で年月を経た成分にものすごい魅力を感じたことがきっかけで、紆余曲折した結果、有機ゲルマニウム化合物にたどりつくこととなります。

 

時は昭和42年の秋、初めてとなる水溶性の有機ゲルマニウム化合物が浅井一彦博士の手で完成され、カルボキシ・エチル・ゲルマニウム三二酸化物といういわゆる飲む有機ゲルマニウムの誕生です。

 

 

安全性と自らの実体験

最初はゲルマニウム錯塩水を高麗人参に注ぐ実験で可能性を見いだしたことが記されています。

 

春に10センチほどだった大きさの高麗人参の苗が、冬の気温5度になった頃には30センチを超える茎に成長したのはゲルマニウム錯塩水を注いだことで、高麗人参の成長にとっては天敵ともいえるウィルスや菌、過酷な環境から身を守りながら成長を続けたことが浅井博士の実験記録に記されています。

 

一方でまったく同じ環境で生育された高麗人参においては、それらの環境を耐え抜くことができずに萎れて枯れてしまったことも記されていますが、この段階においてはゲルマニウムが副作用を持つものなのかは明確になっていなかったのかもしれません。

 

浅井博士自らが過酷な研究と精神的ストレスで一時的に全身リウマチを患われ、西洋医学からは見放されて寝たきりになった時に、まだ完成したばかりで毒性の可能性さえ残っていたといわれるゲルマニウム粉末を水に溶かして多量を飲みはじめ、10日後に散歩が可能となり、その後も快復に向かったことは浅井博士にとっては不幸中の幸いともいえると同時に、ゲルマニウム化合物についての強い自信につながったことはいうまでもありませんし、ゲルマニウムに副作用がないことを自身の身体をもって証明したことにつながったのではないでしょうか。

 

もちろんその前に行っていた白ネズミの放射線被爆からの実験において、赤血球も白血球も通常の半分以下になったこととから2週間程度での回復と、放射線の影響で崩壊していた骨髄細胞の再生に成功したことでゲルマニウムは副作用が診られないこともゲルマニウムの特性と他の実験からの経験で把握されていたのではないでしょうか。

 

 

体内でのゲルマニウム

野口英世博士が晩年に残した有名な言葉には万病の原因が酸素欠乏にあることが知られていますが、浅井博士はゲルマニウムは体内で酸素を著しく増やす生命に直結した化合物であることを公開しています。

 

酸素とつながる症状ともいえる、あくびが出なくなること、血液の粘り度が低くなること、血色が良くなること、疲労感が少なくなること、下半身が温かくなることなどは酸素と共通したものであると記しています。

 

 

有機ゲルマニウム化合物

すべての有機ゲルマニウムが同じではないことは言うまでもないかと思いますが、ここでは浅井博士の製造工程を忠実に守った有機ゲルマニウムについてお伝えします。

有機ゲルマニウムには酸素に変わって水素と結合することで対外に排出されてから、20〜30時間で身体での役割を終えて全て出てしまうことが明確にされています。

 

尿中に役割を終えたゲルマニウム化合物が多く含まれ、有機ゲルマニウムが副作用なく体内に蓄積もされないことを証明するまでに20年の研究を要したと浅井一彦博士の記録に残されています。

ただし、それはあくまでも浅井博士が作りだした工程を経て生産された有機ゲルマニウムについてです。

無機ゲルマニウムが含まれていたり、生産工程が異なる場合は、品質も異なる理由から、結果も同じになるかは別の問題といえそうです。

 

 

参照:

食の科学 第12〜16号

有機ゲルマニウムの奇跡

 

ゲルマニウムについて

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